2012年12月2日日曜日

田山花袋

「渠は歩き出した。 銃が重い、背嚢が重い、が重い、アルミニウム製の金椀が腰の剣に当たってカタカタと鳴る。その音が興奮した神経をおびただしく刺戟する…息が非常に切れる。全身には悪熱悪寒が絶えず往来する。頭脳が火のように熱して、※(「需+頁」、第3水準1-94-6)がはげしい脈を打つ…腰から下は他人のようで、自分で歩いているのかいないのか、それすらはっきりとはわからぬ。…頭脳がぐらぐらして天地が廻転するようだ。胸が苦しい。頭が痛い。脚ののところが押しつけられるようで、不愉快で不愉快でしかたがない。ややともすると胸がむかつきそうになる。…黎明に兵站部の軍医が来た。けれどその一時間前に、渠は既に死んでいた。」

 上は、田山花袋の小説「一兵卒」から抜き出したものである。全文を青空文庫で読むことができる(http://www.aozora.gr.jp/cards/000214/card1066.html)。一人の日本兵士が、戦闘ではなく病気で死にゆくさまが描かれており、その絶望に、短い小説にもかかわらず、読んでいる途中でときに読むのをやめてしまいたくなる。

 この兵士の症状は脚気と思われる。脚気から脚気衝心となり死に至ったものであろう。

 田山花袋の名は、文学史では「布団」の作者として出ている場合がほとんどであるが、彼は従軍記者として日露戦争の戦地に赴いている。赴く前の広島で始めて鴎外と知り合うことができ、戦地でもしばしば鴎外と語らう時間を持ったと言われている。日清戦争や北清事変と同様、その日露戦争においても陸軍兵士の多くが脚気衝心で命を落した。その様子をつぶさに見ていた田山花袋であるからこそ、一兵卒という小説をかけたのであろう。

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