2012年11月24日土曜日

澄川徳

明治33年10月21日 「…書を馳せて澄川を招く。」
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 小倉市立病院長の澄川徳を指している。東大医学部卒である。

 独身という小説の中の富田という医師のモデルとされている。小説の中では、酒好きの赤ら顔表現され、洋行前の資金調達のための院長職と描かれているが、実際はどうだったのだろうか。

 小倉市立病院は、明治32年4月の市制施行に伴い、郡立病院から移行している。

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